適度な運動をすることは、生活習慣病の予防やダイエットに役立つことが知られています。また、近年は運動によるメンタルヘルスへの影響も注目されています。今回は、運動が心にもたらす効果や、そのメカニズムについて紹介します。
運動が心にもたらす効果
運動は、メンタルにどのように働きかけるのでしょうか。まずは、運動することで得られるメンタルヘルスへの効果について紹介します。
1.抗うつ効果
特に思い当たることがないのに気分がひどく落ち込んだり、何をしても楽しめなかったりすることを「うつ状態」と言います。これが長く続くとうつ病を発症してしまいますが、主な原因は長期にわたるストレスや精神的疲労の蓄積です。
運動を行うと、ストレスが解消され、気分の落ち込みを防ぐ抗うつ効果が得られます。また、精神的な疲労は、ただ体を休めるより、適度に運動することで効率よく回復すると言われています。
なお、うつ病患者の方がカウンセリングと有酸素運動を組み合わせて行うと、カウンセリングだけを行う場合より症状が改善されやすいとの研究結果も報告されています(*1)。
2.抗不安効果
運動には、不安な感情を軽減させる効果もあります。
「不安」には大きく分けて2種類の性質があり、重要な仕事や試験の直前など特定の場面で感じる不安を「状態不安」、あがりやすい人や心配性の人のように性格にもとづく不安を「特性不安」と呼びます。
一過性の運動は「状態不安」を改善し、長期間の運動は「特性不安」を改善すると言われています。
もともと持っている性格による不安を和らげたい場合は、3ヶ月以上を目安に運動を継続してみましょう。
うつを改善する理由は?運動がメンタルヘルスに働くメカニズム
ところで、運動することによって抗うつ効果や抗不安効果が得られるのは何故でしょうか。その理由は完全には解明されていませんが、有力だとされている仮説を2つ紹介します。
1. 抗うつ剤の働き : セロトニン仮説
病院やクリニックで処方される抗うつ剤や抗不安剤は、脳内の「セロトニン」というホルモンの分泌に働きかけています。同じように、運動による抗うつ・抗不安効果も、セロトニンが関係していると考えられています。
セロトニンは、「トリプトファン」という必須アミノ酸を原料に脳内で作られます。このトリプトファンは血液中に存在しますが、普段はアルブミンという物質と結び付いているため、脳に取り込むことができません。
※脳の入り口には血液脳関門と呼ばれるフィルターのような仕組みがあり、通過できる物質に制限があります。トリプトファン単体ならここを通過できますが、アルブミンと結合していると通り抜けられません。
しかし、運動によって血中に遊離脂肪酸が増えると、遊離脂肪酸がトリプトファンと結合しているアルブミンを奪います。そのため、フリーになったトリプトファンが脳に入り、セロトニンを合成することができるようになるのです。
この流れをまとめると、
運動
↓
体脂肪が分解
↓
血中に遊離脂肪酸が増加
↓
遊離脂肪酸とアルブミンが結合
↓
トリプトファンがフリーになる
↓
トリプトファンが脳内へ運ばれる
↓
トリプトファンからセロトニンが合成
このような流れになります。
なお、セロトニンは「幸福ホルモン」とも呼ばれ、精神の安定に役立つ物質です。
また、夜はセロトニンからメラトニンというホルモンが作られ、眠気を誘う働きをします。寝付きが悪い・眠りが浅いなどの悩みを感じている方は、体脂肪の分解に効果的な有酸素運動を取り入れると悩みの解決に役立つでしょう。
2. 脳内麻薬の働き: 内因性モルヒネ仮説
もうひとつの仮説は、モルヒネに似た働きをする物質がかかわるというもの。運動すると、幸福感を湧き起こす作用や鎮痛効果を持つ「β-エンドルフィン」という物質が増加します。
血液中にβ-エンドルフィンが増えるほど、運動中や運動後に強い爽快感や高揚感を感じると言われています。まさに「ランナーズ・ハイ」の状態ですね。
このβ-エンドルフィンの作用によって、ストレスやうつ状態が緩和されると考えられているのです。なお、β-エンドルフィンは、運動強度が強い方が増加しやすいと言われています。
メンタルヘルスの向上に効果的な運動とは
抗うつ効果や抗不安効果を得るためには、筋トレのような無酸素運動よりも、ウォーキングやランニングのような有酸素運動が効果的です。
また、運動強度が高い、または消費エネルギーが多いほうが、メンタルヘルスへの効果が大きいと報告されています(*2)。無理のない範囲で早く歩いたり、走ったりするとメンタルヘルスへの効果が期待できます。強度の高い運動ができない場合は、運動の頻度を増やしてみましょう。
なお、抗うつ・抗不安にかかわるセロトニンの分泌は、太陽の光を浴びることでも促進されます。日中に屋外でウォーキングやランニングを行うと、より効果的ですよ。
適度に運動した後は、栄養バランスの良い食事をとり、よく眠って体を休めることも大切にしてくださいね。また、運動することを負担に感じる場合は逆効果となるので、無理をせず、自分のペースで運動を取り入れていきましょう。
運動によって健康な心と体を手に入れよう
今回は、運動することで得られるメンタルヘルスへの効果について紹介させていただきました。運動によって心も体も健康になり、生き生きと毎日を過ごしていきたいですね。何より運動を楽しむことが大切なので、自分自身のペースに合わせて、無理なく続けていきましょう。
脚注
*1 North TC, McCullagh P, Tran ZV, 「Effect of exercise on depression, Exercise and Sport Sciences Reviews, 」January 1990 pp379-416
*2 Dunn AL, Trivedi MH, Kampert JB, et al. 「Exercise treatment for depression: e‹cacy and dose response. 」Am J Prev Med, January 2005, 28, pp1–8
参考文献
・安部孝, 琉子友男編, 『これからの健康とスポーツの科学』第5版, 講談社, 2020
・小田切優子「運動・身体活動とストレス・メンタルヘルス」日本公衛誌, 57, 1, 2010
・北一郎, 大塚友実, 西島壮「うつ・不安にかかわる脳内神経活動と運動による抗うつ・抗不安効果」スポーツ心理学研究, 2010, 第37巻 第2号 pp133-140
・瀬藤乃理子, 片桐祥雅, 西上智彦, 中尾和久「メンタルヘルスに対する運動の介入効果に関する近年の知見」甲南女子大学研究紀要. 看護学・リハビリテーション学編, 2018, 12号, pp1-12